
5分でわかる 子ども主体の国語授業のための基礎づくり
|
執筆者: 佐藤圭
|
今回の5分でわかるシリーズは、佐藤圭先生(東京都・足立区立千寿小学校)に、子どもが主体となる国語の授業をつくるために、押さえておきたい指導技術のアイデアについて、ご紹介いただきました。教師が「待つ」「聴く」「受け止める」から、子どもたちも同じようにふるまえるようになる、ということが大切ですね。
授業の導入で、本時の「めあて」「問題」を先生が一方的に提示する。その後の学習活動を教師が決め、「自分の考え」「友だちの考え」「まとめ」「振り返り」と進めていく。子どもたちから教師の望む答えが出てこなかった場合は、教師が「実は、……」と説明し始める。
一見、スムーズに流れていて、いい授業のように感じられるが、このような授業は果たして子どもたちのためになっているのだろうか?
教師は、子どもたちができるようになってほしい、わかるようになってほしいと考えている。
そのために教材研究を行い、時間配分を決め、授業の展開を考える。教師としては当たり前なことである。
一方で、「あれも伝えたい」「これも教えたい」と、子どもたちに伝えたい願望が発動し、教えたい思いが強すぎるあまり、焦って子どもたちより先に発言してしまうこともある。また、「時間通りに終わらせたい」という気持ちから、「はーい。いったん止めてください」と子どもたちの思考を止め、一方的な授業を展開する。
その教師の思いが、「子どもが自分で考える」という状況を奪っている。これでは、子どもではなく、教師が主体の授業になる。
授業の中で教師による説明が必要な場合も、もちろんある。
しかし、毎時間最後に教師が前に出て解説をすれば、子どもたちは「結局、先生の言うこ とが答えなんでしょ」という考えに至り、教師の最後のまとめだけを聞けばいいという、教師依存型の学級集団になってしまう。
教師が行うのは学級集団から学習集団に進化させることである。
では、どのようにすれば学級集団から学習集団へ進化できるのか、基本的な3つの授業技術について、以下に述べたい。
まずは、「待つ」。
子どもたちが考える時間を十分につくる。
沈黙している時間が恐く、はじめから話し始める教師がいるが、それでは子どもたちは十分に考えることができない。授業のペースを上げたいからと、矢継ぎ早に質問する教師もいるが、それでは、今何について考えればいいのかわからなくなり、授業がより停滞する。
学級全員が課題解決(山登り)に向けて、足並みがそろうように、「待つ」「立ち止まる」を行い、ルートは別でも、全員がきちんと山頂に到着できるようにする。
次に、「聴く」。
子どもたちが話したいことをきちんと聴く。
先にも述べたが、教師の考えに乗せようとする授業展開を行うと、子どもたちは聴くことができなくなる。耳と目と心で聴き、学級一の聴き上手になること(※解釈上手にはならないように)。
ただし、教師が納得(評価)を行うのではなく、「○○さんのお話でよかったところはある?」「○○さんのお話で大事なところはどこでしたか?」など子どもたちに広げて、子どもたちも相手の話をきちんと聴く態度を育てる。
そして、「受け止める」 。
子どもたちに発言だけさせて、「はい。ほかに?」では元も子もない。教師が子どもの発言をきちんと受け止め、温かい学級を築いていく。
また、よく耳にする「わかった人?」ではなく、 「今、困っている人?」「どこで困っていますか?」など、困りごとが言い合える学級を築く。
ここまで、普段の授業・日頃の学級経営について基本的なことを述べてきたが、ここからは現 筑波大学附属小学校教諭 白坂洋一先生に教えていただいたことをもとに、国語科の授業に特化して考えていきたい。
まず、教材研究を行う際、子どもたちがどう答えるのか、どこで困るのか、迷うのかまで想定して行う。どのような発問を行えば、子どもたちが主体的に取り組み、子どもたちの「?(問い)」や「!(願い・気づき)」を共有できるようになるのかを考える。
私が初任だったころは、ゴールから進め方を想像し逆算して考えていたが、授業時間を踏まえるとどうしてもレールを敷いてしまっていた。それでは、教師が引っ張る授業になってしまう。ゴール(目指したい子どもたちの姿)が確定したら、子どもたちの困りや迷いに寄り添って授業を進めるようにする。
「教えたいことは子どもたちの中にある。子どもたちの中から引き出すように授業を仕組む」
常にこの言葉と共に教師道を歩んでいきたい。子どもたちの発言が問いにつながるような授業構成を考える。
必要な内容や情報を確認したり、取り出したりすることを意図した発問である。また課題として投げかけることで、本時の学習の方向性を示していく。
例:「この物語で、たった一文だけ残すとしたら?」「『はじめ・中・終わり』はどのように分けることができますか?」
子どもたちの見方や考え方のずれから、問いを引き出す発問である。
ルールとして、「物語から外れてはいけない」「~は~か?」のかたちで問いをつくるようにする。 問いを考える場面では、個人・ペア・トリオなど、少人数の形態から順に話し合うようにする。
それ以上の人数で行うときは、教室をエリアで分けて活動できるスペースをつくり、子どもたちに選ばせていく。子どもたちがつくった問いで授業を行い、最後に、そのつくった問いはよかったのかどうかを子どもたちに評価してもらう。
論理構成に着目したり、新たな視点を取り入れたりすることで学びがより一層深くなることを意図した発問である。教師の発問がきっかけとなって、学びを促進し、ねらいにせまっていく。 例:「どうして~だろうね?」
最後に何が言えるのか、次に生かしたい学びは何かなど、学びの過程を振り返ることで、学びを自覚化し定着をねらった発問である。
例:「(焦点化発問で明示化されたところをもとに)、終わりの文はどのように書くことができるでしょう?」
以上の4つを1時間の授業の中の導入、展開、終末場面の適切なタイミングで配置する。そのようなことを繰り返すことで、主体的に取り組む子どもが育ち、学級集団から学習集団へ進化する。
何気なく教師が使う言葉にも意図をもって発問することが大切である。①~④に関連するその他の発問についても、以下にまとめる。
「授業がおもしろい!」
教師にとっては最高の褒め言葉である。
そのために子どもの実態を把握し、教師がファシリテーターとして発問し、子どもたちが主体的になって授業に取り組むようにする。「先生は何でも知っている」「先生に聞けば何でもわかる!」ではなく、子どもたちが自ら課題を発見・把握し、どのようにすれば解決できるのかを常に考えられるようにしたい。
(おまけ)
教師が間違ったとき、子どもたちはここぞとばかりに発言する。だからこそ授業中はとぼけて、教える人ではなくファシリテーターとして学習集団を支援していってほしい。
【引用・参考文献】
・白坂洋一(2021)『子どもの思考が動き出す:国語授業4つの発問』、東洋館出版社
佐藤圭(さとう・けい)
東京都・足立区立千寿小学校
有料記事
戦争文学という括りであっても、「つけたい言葉の力」に目を向けていく必要があるのは言わずもがなである。子どもが戦争文学から何を感じ取るのか、どんなテーマを受け取るのかということは、子どもの側に委ねられるべきであり、平和の大切さを押しつけるような教材にしてはならない。 「ちいちゃんのかげおくり」「一つの花」「川とノリオ」のように、戦中を描いた作品は多く、また長く掲載されている。 今回は、この中の「一つの花」を中心に実践を紹介し、その後どのような活動を系統的におこなっていくのかということを述べていく。
有料記事
今回は、流田賢一先生(大阪府・大阪市立堀川小学校)に、給食だよりの作者である大森先生へ、「どちらの給食だよりがよいと思ったのか」について手紙を書くという課題を設けた授業づくりをご提案いただきました。この課題を通して、2つの文章を比較し、よいと思った根拠をしっかりともち、自分の考えを表現する力を育めます。
有料記事
今回は三笠啓司先生(大阪教育大学附属池田小学校)に、本文を読み、動作化したりフキダシを用いて会話文を想像したりして、登場人物と同化してゆく学習活動についてご提案いただきました。物語のファンタジー性とごっこ遊びが好きな子どもの発達段階を結びつけ、日常と非日常を行き来する想像力が養われることでしょう。
有料記事
子どもたちを主体的な学び手としていくためには、自分事の学習になっていることが大切です。そのための有効な手立ての一つとして、学習計画を子どもたち自身が立てる、という活動があります。 今回は、迎有果先生(筑波大学附属小学校)に、初読後の感想をもとに学習計画を立てる際のポイントや、その方法を回答いただきました。
有料記事
今回は本教材の授業づくりにおいて、田中元康先生(高知大学教職大学院 教授/高知大学教育学部附属小学校 教諭)に、本文と資料①②を合わせて読み、それぞれの主張と説明の仕方を子どもたち自身でまとめるという学習活動についてご提案をいただきました。その活動を通して、筆者の考えと相対化された自分なりの考えをもつことができ、発表へ向け、わかりやすい説明の工夫にも意識的になることでしょう。
まわりの人をうらやんで、「自分は普通でありふれた、つまらない人間なのかもしれない」 そんなふうに落ち込むこと、子どもにも、そして大人にだってあるのではないでしょうか。そんなときに「みんないろいろあるんだな」と思わせてくれて、心を軽くしてくれる一冊をご紹介いただきました。