「まいごのかぎ」-知識や経験と結び付けて読む力を育む-
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執筆者: 小島 美和
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本教材「まいごのかぎ」(光村図書・3年)は、登場人物 りいこが次々と遭遇する不思議な出来事が、第三者目線とりいこの視点とを織り交ぜて描写されることで、読み手もまるで巻き込まれていくかのように展開し、ワクワクしながら物語の中に入り込むことができます。
今回は小島美和先生(東京都・杉並区立桃井第五小学校)に、一つひとつの叙述を自身の経験を想起しながら丁寧に押さえ、りいこの気持ちや行動と比較することで、人物像に迫っていく授業づくりを、紹介していただきました。
中学年の文学的な文章の指導として、登場人物の人物像や中心人物の変容を捉えることはとても重要なことである。学習指導要領の中にも、「登場人物の気持ちや性格の変化、情景について、場面の移り変わりと結び付けて具体的に想像すること」が明示されている。
そして、それを子供たち一人ひとりが進んで考え、友だちと意見を交えながら、課題解決に向かう授業にしたいという思いは、多くの教師がもっていることだろう。
そのような授業をつくる上でポイントになるのが、いかに子供たちの知識や経験と結び付けることができるか、分かったつもりになって読んでいたことから、授業を通して新たな発見をしながら物語を読めるようになったか、だと考える。
そのために大事なことは、表現にしっかりと着目することだと感じている。
この表現があるのと無いのとでどのように感じ方が違うかを考えたり、自分と登場人物とを比べ、共感したり違いを感じたりすること、また、それを学級全体で交流することである。そうして、自分と友だちの考えの違いに気付き、読みを深めていくことができる。
「まいごのかぎ」の授業を例に考えてみる。
「りいこってどんな子?」という問いに対して、叙述を基に子供たちはいろいろな人物像を表現する。
その中には、自分と比較して感じた人物像や、視点人物である「りいこ」について分かるように書かれた文章であるからこそ分かる、りいこ自身がとらえている人物像が入り混じっていることが分かる。
言葉に着目し、自分に引き付けながらじっくりと物語を読み深めることで、初めて読んだだけでは分からなかった作品のおもしろさに気付いていくことができるのではないだろうか。そして、そういった表現に立ち止まることができるようになったり、他の作品を読んだときにも、言葉に着目しながら自分と比較したり、誰の目で語っているのか視点を意識したりしながら読み、作品のおもしろさを探していくことができるのではないかと考える。
本教材は、物語全体が「りいこ」という三人称限定視点で語られている。
「うつむきがち」「しょんぼりと歩きながら」「どんどんうつむいて」「またよけいなことをしちゃったな。」「落とした人がこまっているにちがいない。」などの言葉を手がかりに、中心人物である「りいこ」の人物像や心情を読み手が明確にとらえながら読み進めることができる。
物語は、「現実―非現実―現実」という作品構造になっている。
「りいこ」が、学校からの帰り道、かぎを拾ったことをきっかけに、桜の木、公園のベンチ、あじの開き、バスていのかんばんに不思議なことが次々と起こるファンタジー作品である。不思議なことが起こるたびに、「りいこ」の気持ちや心情が動いている様子が分かりやすく表されているため、出来事ごとの「りいこ」の変化に目が向きやすい。
この物語文では、不思議な出来事を通して「りいこ」の心情がどのように変わったか読んでいくことが大事であるといえる。
また、「ぱりっとしたシャツのような夏の風」や「おとうふみたいなこうしゃ」などの比喩表現や、「まばたきするかのように光る」かぎなどの擬人法、オノマトペが多く用いられているのも特徴的である。それらの表現によってどのような効果があるのかについても考えていくことができる。
そして単元の最後には、学習を通して見つけたこの物語のおもしろさについて自分でまとめ、表現できるようにしたい。
〔知識及び技能〕
〔思考力、判断力、表現力等〕
〔学び向かう力、人間性等〕
第一次 | 物語の設定を読む(第1時) |
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第二次 | 表現技法に着目しながら中心人物の変容を読む(第2~5時) |
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第三次 | 単元の学習を振り返る(第6時) |
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この時間では、物語全体を通して、中心人物である「りいこ」の人物像について考えることをねらいとしている。
前時に物語の設定として、こがね色のかぎを拾い不思議な出来事に次々と出合う前までを読み、海沿いの町の学校帰りの道で、図工の時間につけ足したうさぎの絵を消してしまい、悪いことをしたとしょんぼりする「りいこ」をとらえている。
そこで本時では、
以上の活動を行いたい。
その際、自分の知識や経験と結び付けて、子供たちが表現する言葉を引き出せるように発問を工夫していく。
中心人物が「りいこ」であることをとらえている子供たちに、「りいこってどんな子だろう」と問う。子供たちが着目した言葉に線を引き、本文のどの言葉を根拠に考えたかを明確にした後で、「線を引いた所(着目した叙述)からどんな子だと分かる?」と問う。
すると、「おとうふみたいなこうしゃが、なんだかさびしかったので、かわいいうさぎをつけ足した」や「落とした人が、きっと困っているにちがいない」という叙述から、「りいこ」を優しいととらえたり、「帰り道の方角とはべつの、海べにある交番に向かって」という叙述から、見ず知らずの人のためにも行動する優しさや、なかなかやろうと思ってもできないことができるすごさを表現したりする。
また、「うつむきながら」や「しょんぼり」「またよけいなことをしちゃった」「わくわくした自分がいやになりました。」などの叙述から、ひどく落ち込んだり後悔したりすることや自分は悪い子だととらえてしまうマイナス思考、自分にあまり自信がもてないのではないかというように、自分が感じたことを表す。
そこで、出てきた叙述に再度着目して読む。
「こうしゃだけでもいいのに、おとうふみたいなこうしゃとしているのはなぜだろう? どんな違いがある?」と問う。
子供たちは、「お豆腐みたいなが入ると、白だけ。一色だけなのが分かる」「おもしろくない感じがする」「ただの校舎だと、いろいろな色の校舎もあるから寂しい感じにならないこともある」などと、自分の知識や経験と結び付けて話をする。それを教師が、「そう言っているけど、どう思う?」と周りの子につなげていくようにする。
また、さびしいと感じてかわいいうさぎをつけ足したり、落とした人が困っているにちがいないと思い、帰り道とは別の交番までかぎを届けに行こうとしたりする「りいこ」の行動について、自分と比較して考えられるようにする。
そこで、「自分だったらうさぎなどの絵をつけ足す?」「かぎを拾った経験はある?」「落とした人のことを考えた?」や「自分だったらどうする?」と問う。
そうすると、子供たちは「白い校舎も当たり前って思っちゃう。寂しいとは思わない」や、「付け足さない。怒られちゃいそうダメだと思うから」「学校の近くだったら学校に届ける」「探しに来るかもしれないからどっちがいいかな」「交番が通り道ならいいけど、違うと早く帰りたいからそのままにしちゃう」などと、自分の経験と結び付けながら考える。
その上で、叙述にあるような行動をとった「りいこ」に戻って「そんなりいこってどんな子だと思う?」と問い返すことで、「りいこ」を自分のものの見方でとらえて表現できるようにする。
最後に、「またよけいなことをしちゃったな。」の「また」や「よけいなこと」であったり、「やっぱりよけいなこと」などの叙述から、「そう思っているのは誰か?」と問い、誰の視点で物語が描かれているかを確認する。
すると子どもたちは、視点人物である「りいこ」自身の人物像と「りいこ」の行動から自分たちがとらえた人物像の違いに気付いていく。
授業を通して、自分たちの知識や経験を通して感じた「りいこ」の人物像と、視点を意識しながら読み、「りいこ」が思う「りいこ」の人物像についてとらえ、その違いに気付くことができた。
表現の有無について考えたり、自分の行動と比較したりする経験を積み重ねることで新しい発見が増え、もっと読んでみたいと思うようになったり、自分で読むときにもそれを用いて読みを深めたりしていくことができるのではないかと考える。
〔引用・参考文献〕
・白石範孝(2020)『白石範孝の「教材研究」―教材分析と単元構想』 東洋館出版社
・白石範孝(2021)『新 国語授業を変える「用語」』 文渓堂
小島美和(こじま・みわ)
東京都・杉並区立桃井第五小学校教諭
全国国語授業研究会理事/新考える国語研究会
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