5分でわかる 説明文の授業 ―説明文を「筆者の作戦探し」で豊かに読み解く―
|
執筆者: 藤原隆博
|
「今日、説明文の授業かぁ……」。そんな子どもの声、聞いたことはありませんか。
「5分でわかるシリーズ」4月号は、藤原隆博先生(茨城県・江戸川学園取手小学校)に、「筆者の作戦」といった、子どもたちが筆者の説明の工夫をカードにまとめ、自分の気づきを表現する活動をご提案いただきました。子どもたちが本文の構成や表現の働きに目を向け、他の説明文にも学びを生かすことができる、深い読解につなげることができます。
「説明文の授業って、苦手なんですよね……」
職員室で、たまに耳にする会話である。
文学的な文章の授業では、子どもたちが様々な解釈を伸び伸びと発言するのに、説明的な文章(以下、説明文)の授業となると、途端に子どもたちが堅い雰囲気になる、というのだ。
教師の方でも、(これ、わかりきった答えだよな……。)と思いながら発問をして、子どもの方でも正解探しのような顔をして発言をする。他の子からのさらなる発言はほとんど見られず、クラス全体が「これで、もういいでしょ」という顔をしていて、実につまらなそう。
上記の「説明文の授業がつまらない」原因は、一体何だろう。
「正解到達主義」という言葉がある。単元の冒頭に「構造と内容の把握」をするのならばともかく、答えが1つしかないことをいつまでも問うている説明文の授業は、次第に思考が痩せ細ってしまう。教室の誰よりも苦しそうにしている教師の顔が、目に浮かぶようだ。単元の後半になるにつれて、子どもたちが豊かに読み味わう説明文の授業はできないだろうか。
「『筆者の作戦』探し」とは、説明文の筆者がどのような工夫をして本文を書いているのかを探る読み方だ。
説明文の筆者というのは、文章全体の組み立てを工夫して、段落同士のつながりを考えながら、読み手に少しでもわかりやすくなるように文章を書いているものだ。図を並べて提示したり、子どもの身の回りの生活にありそうな事例を書いたりしているのも、筆者の行う工夫の1つだ。子どもがこうした工夫を「筆者の作戦」として捉えて探すようになると、説明文は単なる情報を示す資料としてではなく、意図をもって巧妙に仕組まれた鑑賞品のように見えてくるのである。
この活動のよさは3つある。
1つ目は、子どもが説明文の表面的な事実ではなく、筆者の仕組んだ構成や表現方法のはたらきに目を向けるようになることである。
2つ目は、自分の気づきを言葉にしやすくなることである。「クイズ作戦」「主張におわせ作戦」などのネーミングセンスが問われることは、かえって子どもの心に火をつけるものである。
3つ目は、見つけ出した「筆者の作戦」は、次に出合う説明文にも応用が利くことである。説明文の筆者の多くは、問いの文を示し、図で詳しく説明をし、事例を自らの主張に結びつけるものだ。そのことを「クイズ作戦」と読んだり、「主張におわせ作戦」と読んだりすることで、子どもたちが「あ、また「あの作戦」を使っている!」と発言する。言葉による見方・考え方を身に付ける姿とは、このような発言から見取ることができるだろう。
ちなみに、この言語活動を行うと、筆者が問いの文を書いたことを「クイズ作戦」と呼ぶ子どもがいる一方で、「クイズ番組作戦」や「出題者作戦」と呼ぶ子どもが出てきても、同じことを指している、ということが起きる。そのとき、どれか1つに絞るようなことはしない方がよい。似たネーミングの作戦を書いた子ども同士で対話をさせてみると、共感し合えるからだ。お互いの発見が共通であることの喜びは、説明文に対する読みをより豊かにする。
「ここもそうだよね」「あ、本当だ」などと、2つ目の問いの文が本文から見つかったり、「じゃあ、『○○ファイル作戦』にしちゃおうか!」(○○が入ると、某有名番組の名前となる)などと新たな作戦名の誕生の瞬間に立ち会えたりする。
このような共感的な対話こそが、本文に対する新たな工夫点を発見するきっかけになることもあるのだ。
さらに、友達の見つけた「筆者の作戦」を知ることによって、自分では気付かなかった筆者の工夫を知ることになり、言葉による見方・考え方を広げることができるようにもなる。
図1は、実際に「『筆者の作戦』探し」を行い、子どもがカード化したものである。カードには作戦名と、筆者はどのような効果をねらって工夫しているのか、が説明されている。
カードを子どもたちが作成し、全体で交流していく中で、次第に「仲間分けができそうだね」「あれとあれが似ている」という話になった。前述のように、作戦名が似ていて、同じ内容の工夫を指摘している場合もあった。
ところが、全体交流が進む中で、より大きな分類が見えてきた。それぞれの作戦は、「文の書き方系の作戦」「資料の見せ方系の作戦」「事例の使い方系の作戦」といった、作戦の系統があることが教室の中の共有知となったのである。紙幅の都合で詳細には書けないが、説明文「固有種が教えてくれること」は、文の書き方として様々な工夫が施されているだけでなく、多くの資料が提示されている。事例のまとまりで見ると、その順序性にも工夫がある。子どもたちは、そのことを論理的に発見したというより、むしろ、作戦のカードを直観的に操作する中で納得していた。
「自分が見つけた作戦は、どの仲間だろう」と、つぶやきながら整理・分類する子どもたちの姿には、言葉による見方・考え方が着実に身に付く様子が表れていた。図2は、作戦の系統をセクション名にして、子どもたちがPadletに投稿したものである。
本稿が「説明文の授業がつまらない」と感じたことのある先生方にとって、少しでも参考になれば幸いである。
藤原隆博(ふじわら・たかひろ)
茨城県・江戸川学園取手小学校
教育出版国語教科書編集委員 / 国語授業のアスヲテラス会共同代表
