「読めているはず」を一度手放すことの大切さを教えてくれる一冊
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お知らせ:
執筆者: 齊藤圭輔
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書名:AIに負けない子どもを育てる
著者名:新井紀子
出版社:東洋経済新報社
出版年:2019年
ページ数:328
生成AIはいつの間にかわたしたちの生活のなかに入り込み、時には「読む」という行為そのものさえも肩代わりし始めているのではないだろうか。「読んだ」ことと「読めている」ことは同じではない。
今回は生成AI時代における読む力の重要性をあらためて考える一冊を齊藤先生にご紹介いただきました。
目次
子どもが問題を解けないとき、つい「もっと練習させればよい」「パターン化させればよい」と考えてしまう。
私自身もどこかでそう考えていた。
しかし、本書を読み、実際にリーディングスキルテスト(RST)に取り組んでみて、その考えは大きく変わった。
そもそも、その子は文章を正確に読めているのだろうか。
RSTをやってみると、「文章を読める」とは、単に文字を追ったり、大体の意味をつかんだりすることではないと分かる。
何と何が対応しているのか。この言葉は何を指しているのか。書かれている事実は何で、そこから何が言えて、何は言えないのか。
それを正確に読み取る力があって、初めて「読めている」と言えるのだと気づかされた。
最も驚かされたのは、RSTで測られる読解能力値と、進学した高校の偏差値との間に高い相関があるという指摘である。
もちろん、相関があるからといって、読解力だけで進路が決まるわけではない。それでも、文章を正確に読む力が学習を支える重要な土台であり、子どもの進路とも深く関わっているという事実は重い。読解力は、単に国語の力の一つではなく、子どもの将来の可能性にも関わる力なのだと考えさせられた。
さらに考えさせられたのは、読書習慣と読解能力値との間には、はっきりとした相関が見られなかったという調査結果である。
好きなように読む読書と、書かれていることを正確に取り出す読み方とは別の営みである。読書そのものの価値を否定する話ではないが、読解力を読書任せにはできない。
なお、本書の刊行は2019年、生成AIが広く使われる前である。ただし本書の価値は、AIの性能を論じた点ではなく、人が文章を読むときに何をしているのかを分解して見せた点にある。
その物差しは、AIがどれだけ賢くなっても変わらない。
本書の最大の特長は、読者自身がその場でRSTを豊富に体験できることだろう。
切り取って使える解答用紙まで用意されており、「読めない子どもたち」の話を、他人事ではなく自分の問題として受け取ることになる。
そして実際に解いてみると、一問ごとに手が止まってしまう。
例えばイメージ同定の問題では、図と文とを何度も往復し、ようやく答えを選んだ。何とか正解しても、「なぜそう判断したのか」と問われると、すぐには言葉にできない。
そのとき浮かんだのは、自分の学級の子どもたちの顔である。
この問い方をしたら、あの子はどこでつまずくだろう。何を読み取れずに、手が止まるのだろう。
RSTを解くことで、子どもの「読めない」が少し違って見えてくる。そして同時に、自分自身もまた、文章を「なんとなく」で読んでいたことに気づかされる。
「読解力を育てる」と言われても、何をどう見取ればよいのかがはっきりしなかった。
本書では、読む力が係り受け解析、照応解決、同義文判定、推論、イメージ同定、具体例同定といった観点に分けて示される。
この観点をもって教科書や問題文を見直すと、子どものつまずきの見え方が変わる。
算数の文章題が解けない。理科で考察が書けない。社会で資料から必要な情報を取り出せない。
そんなとき、私たちは「思考力が足りない」「練習量が足りない」と考えがちだ。
しかしその前に、問題文そのものを正確に読めていない可能性がある。たくさんやらせる前に、本当に読めているのかを見る。
本書を読んでから、私はこのことを以前にも増して意識するようになった。
本書には、実際に小学校・中学校で行われ、成果をあげている授業や取組が紹介されている。
研究者の提言で終わらないため、明日からの授業に引きつけて読むことができる。
特別な教材を用意するというより、日々の授業で言葉をどう扱い、教師がどこを見取るかという話が中心であり、学級担任として取り入れられる余地が大きい。
これは国語だけの問題ではない。算数でも、理科でも、社会でも、すべての学習の土台に「読む力」がある。
しかもその土台は、読書に任せておけば自然に積み上がるものではない。教科書や問題文の一文を正確に読む場面を、どの教科の授業でも意図的に用意していく必要がある。
子どもたちが生成AIに触れる時代になったからこそ、この土台の意味は増している。
AIの答えを鵜呑みにしないためには、まず自分が文章を正確に読めていなければならない。
「AIに負けない」を、AIとの勝ち負けではなく、AIの出したものを自分の目で確かめられる力と読み替えると、本書はいっそう今の話として立ち上がってくる。
教師が「子どもは読めているはず」という前提を、一度手放してみる。
それだけでも、授業のつくり方や、子どものつまずきの見方は変わるのではないか。
私にとって、間違いなく必読の一冊であった。
齊藤圭輔(さいとう・けいすけ)
埼玉県草加市立八幡北小学校教諭
