子ども主体の学びを支える教師の指導性を考える一冊
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お知らせ:
執筆者: 松下 翔
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書名:探究は設計で決まる 学びにストーリーをつくる国語授業10の技術
著者名:溝越勇太
出版社:東洋館出版社
出版年:2026年
ページ数:202
「子ども主体」という言葉の裏に潜む教師の指導性の放棄に警鐘を鳴らし、子どもの主体が立ち上がる探究的な学びの設計について解説する本書。今回は、本書に共感し、目の前の子どもたちの学びのストーリーを描けるようになった松下先生にご紹介いただきました。
子どもたちとの日々の授業。子どもたちにとって楽しい、学びがいのあるものにしたい。そう思ってできるだけ準備して授業に臨むようにしてきました。
しかし、それでいいのだろうか、という漠然とした疑問が頭の隅にずっとありました。そんなときに出会ったのがこの本です。
この本を手に取る前、筑波大学附属小学校で行われていた溝越先生の授業を見せていただく機会があり、そのときの子どもたちの育ちの姿が私にはとても印象に残りました。
そこには「話したい」「友だちの考えに意見がある」と自分の言葉で語ろうとする子どもたちの姿がありました。
さらに、溝越先生の在り方も気になりました。授業での溝越先生は、必要な手立てを打ちながら、静かでした。意図的に「出場」を抑えながら、子どもたちが語る言葉を丁寧に聞き取っておられるようでした。
それは子どもたちが、育っているからこそ委ねることができているのではないかと思いました。
溝越先生が日頃からどうやって子どもたちを育てているのか。 それを知りたくなったところで、この本を手に取ることができました。
まず開いた最初のページにこう書いてありました。
| 「先生、今日の国語何やるの?」 この言葉は、今の私にとって、子どもから投げかけられる問いの中で、最も立ち止まるものの一つです。 (中略)しかし今は、この言葉の裏側にあるものを考えるようになりました。 「学びは、先生から教えてもらうもの」 そのような意識が、少なからず含まれているのではないかと感じるのです。 |
この部分はまさに、私が日頃からモヤモヤしていたことでした。
以前同僚の先生にこう言われたことがあります。
「先生のクラスの子たちは、先生とだったら面白い授業ができると思っているんだね。だから、なんとかついていこうとしているように見えるね」
まさに、私のクラスの子どもたちにとって「学びは、先生から教えてもらうもの」となっていました。
溝越先生は「子ども主体」という言葉について、
| 子ども主体が、いつの間にか「子ども任せ」になってしまってはいないでしょうか。出たとこ勝負の活動や、丸投げのような実践になってしまってはいないでしょうか。 私は、主体的な学び手を育てるためには、教師もまた主体的である必要があると考えています。 (中略)「さりげない指導性」を発揮することが、教師に求められているのではないでしょうか。 |
と提起されています。
近年の「子どもに委ねる」という主張への私自身の違和感と、溝越先生の授業で抱いた印象がつながった部分でした。
自分の問題意識につながるという思いが強くなり、気づいたら、あっという間に読み切っていました。
本書を読んで驚いたのは、溝越先生の学びのストーリーのつくり方の『緻密さ』です。
10の技術を通して、溝越先生が授業前に子どもたちの具体的な姿や思考を思い描きながら、学びのストーリーをデザインしていました。
そこには、子どもたちの考えが確かに位置づいていて、だからこそ、子どもたちが自ら動き出す、そんな授業になっていることが分かりました。
この本を読む前、私の中で、総合的な学習の時間と国語科の学びの結びつきは非常に浅いものでした。
インタビューの仕方、新聞の書き方といった方法的な内容を、総合的な学習の時間で実践するという具合です。
これは、多くの学校でも行われていることだと思いますが、これでは「子どもたちの学び」というよりも、「教師の都合」が強く出ています。
しかし、本物(本書でのAUTHENTIC)に出会う場面を設定すると、自然とそれを作った人に話を聞きたくなるのではないでしょうか。また、よいものを作ったら自然と見てもらいたくなるのではないでしょうか。
試しに、今のクラスの子どもたちに、自分たちがつくった自学ノートを「どうしたい?」と聞いてみました。
「飾りたい」「もっといろんな人に見てもらいたい」
子どもたちが自然と発表する場を意識していることが分かりました。ここから、夏休み明けには、自学発表のプロジェクトが立ち上げられそうだと感じました。
子どもたちはさまざまな人とどう関わるのか、その中でどんな国語の学びが発揮されるのか、自分の中で次々と学びのストーリーが浮かんできたのです。
※自学ノートとは、子どもが自分の調べたいテーマについて追究したことを、ノート見開きにまとめたもの。詳しくは森川正樹著の「小学生の究極の自学ノート図鑑」(小学館)参照
私はここ数年、一年間を通して子どもたちをどう育てていくのか、ということを考えて日々子どもたちと実践していました。
しかしそれも、「物語文だったら」「説明文だったら」と領域ごとに分断されたイメージになっていたように思います。
溝越先生のこの本をきっかけに、もっと広く子どもたちの学びをイメージしながら、日々の授業を大切にしていきたいと感じました。
松下翔(まつした‧しょう)
神奈川県平塚市立中原小学校教諭
日本授業UD学会
